黒崎幸吉先生
丹羽に関わりの深かった5人の先生方




(黒崎幸吉)








丹羽e之は若き日、日英堂書店に勤務させて頂いた事により、内村門下生であられる無教会の多くの先生方に知遇を受けたことはこの上ない幸いであった。

 特に黒埼幸吉先生とは、『舊約・新約聖書略註』の他にも、先生個人のご著書にも関わらせて頂いた事により、かなり長期にわたっての交流があり、従って種々の点でご指導を頂けたことは真に幸いであったと思う。昭和19年新春には「恩恵平安」とぼくこん墨痕鮮やかに大書した横軸を贈与下さり、爾来常に集会室に掲げられて来たが、現在は2階和室に記念として掲げられている。

 昭和31年(1956年)7月8日(日)には、当方の小さな集会のために「神の国について」と題して語って下さり、大きな感銘を与えられたのであった。また丹羽が小冊子『我を造り給いし神』を発行した際、一部贈呈したところ、先生は早速ご自身の月刊誌『永遠の生命』39年10月号に紹介して下さった事は、若輩にとって大きな励ましとなったのである。

 発行書籍の校正等は大体郵便であったが、東京に来られた時にはお会いし、時には山中湖の別荘にお招きを受けた事もあった。昭和40年4月初め、はじめて私共夫婦が神戸のお宅をお訪ねし先生ご夫妻とお目にかかったのが、私としては最後となった。先生は晩年、「登戸学寮」のために大いに貢献されたが、ついに昭和45年6月6日、天に帰られた。「自分の信仰に大きな影響を与えられた先生」と、丹羽のこの日の日記に記されているのを見る。




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