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 「見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる」(イザヤ60:2)

 広範囲で台風による被害が出ていて、日常生活を奪われたままの方が今もたくさんおられます。

 「やみが地をおおっている」ような日本の現状です。

 また心の闇を抱えながら 苦しみもがいて生きている人々が大勢います。

 具体的な生活の助け、また心の支えを求めている人でこの国は満ちています。

 日本中を暗やみが覆っています。

 そのような中にあって、主は「しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる」と言われます。

 キリストの光を受けた私たちの上には、主の栄光が現れます。

 私たち自身も やみを体験しつつ、その中で主との交わりを通して光を受けているなら、決してやみに支配されることはありません。

 キリストに贖われた私たちの上には主が輝き、主の栄光が現れると約束されています。

 それぞれ遣わされた場所で 主の光を反映する者として生かされていることを信じ、主と人々に仕えましょう。

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 「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)

  今月は宗教改革記念礼拝があります。

 宗教改革が必要となる背景には、人間的なものを誇りとすることで キリストの十字架による恵みの救いが軽んじられていたことがありました。

 見える人に頼るのではなく、また自分の働きや人間の働きを誇るのでもなく、私たちの罪のために十字架で死なれたキリストだけを誇りとし、頼みとしましょう。

 キリストとの繋がりが弱くなると、私たちは途端に見えるものにとらわれてしまいます。

 キリスト以外のものを誇ろうとすると、そのことでいつも一喜一憂するようになります。

 キリストとの関係が今どうなっているのか、礼拝ごとに、日々のディボーションごとに、点検しましょう。

 キリストで生きると決めたのでしたら、キリストと親密になることを求めましょう。

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 イエスは、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、「わたしについて来なさい」と言われた。

 すると彼は立ち上がって、イエスに従った。 (マタイ9:9) 取税人マタイにイエスは、ただ「わたしについて来なさい」とだけ言われました。

 ついて来てどうするのか一切告げられませんでしたが、マタイはすぐに立ち上がってイエスに従いました。

 イエスに従った後に イエスを囲んで取税人や罪人たちが共に食事をする中に イエスの弟子となったマタイもいました。

 そこで取税人出身のマタイだからこそできる役割があったことでしょう。

 イエスは、私たちにも「わたしについて来なさい」と呼びかけてくださいます。

 その時に ついて行って何をするのか、どうなるかは具体的には知らされません。

 でも一歩一歩イエスの後ろをついていく時に、一人ひとりに主が用意しておられるミニストリーをさせてくださるのです。

 何もわからないまま、先が見えないままでも、前に主イエスが歩いておられるから安心です。

 生涯イエスの後をついていきましょう。

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 「渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい」(ヨハネ黙示録22:17b)

 のどの渇きを感じなければ、水分補給を忘れて熱中症になってしまいます。

 同じように神に対する霊的な飢え渇きがなくなったら、気がつかない間に心が枯渇してしまいます。 主

 は、求める者に「いのちの水」を「ただで」存分に与えてくださいます。そのために 何もささげなくて良いのです。

 何の働きも必要ありません。「ただ」です。

 「今渇いているので いのちの水をください」と主に求めるだけでよいのです。

 主との親密な交わりを通して、いのちの水を受けましょう。

 霊の渇きを感じないほどに鈍くなっている私たちを、主はあえて他の何物にも邪魔されない荒野に招いて、親しく語り、いのちの水をふんだんに注いでくださるのです。

 この夏 主との水入らずの時間をつくりましょう。渇いた心を、いのちの水で潤していただきましょう。


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  「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。

 心は燃えていても、肉体は弱いのです」(マルコ14:38) 私たちの心は燃えていても、肉体がついていかないことがあります。

 人間には限界があります。肉体も心も、なかなか思い通りになりません。

 人には限界があり弱さがあるからこそ、主イエスは「目をさまして祈り続けなさい」と言われました。

 弱さがなければ 人はなかなか主に向かいません。

 限界があり、思い通りにならない場所から、主に叫び続けましょう。

 また地上の肉体は、誘惑にも会います。

 サタンは 神のみこころに私たちが従わないように、みこころを人の言葉や自分の思いでかき消そうと誘惑します。

 私たちの弱さを突いて肉の思いを湧き立たせ、真理から目を逸らします。

 だから祈りが必要です。自分で祈ると同時に、兄弟姉妹のとりなしの祈りも大きな助けになります。

 私たちの肉体は弱く限界があり、たえず誘惑に会うことを認め、祈りに向かいましょう。

 見えるものに心を奪われないように、神に向かってしっかり霊の目を開きましょう。


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 「息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ」(エゼキエル37:9c)

 主がエゼキエルを谷間に連れて行くと、そこには干からびた骨が満ちていました(37:1)。

 主の言葉を聞き、主がその骨に息を吹き入れる時に、その干からびた骨は生き返るのです(4〜5節)。

 神の息を吹き入れられる時、霊的に死んでいたような私たちも生き返りました。

 そして今も主は福音を通して 飢え渇いて死にかけている人々に聖霊を注ぎ 生かしてくださいます。

 教会に神の息である聖霊が吹き入れられ、一人ひとりを生かし、そして周囲の人々も生き返りますように祈りましょう。

 主は私たちの心の渇きをもみことばと聖霊により満たしてくださいます。

 主の息が四方から吹いて来ますように!


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 「あなたがたは霊を一つにしてしっかりと立ち、心を一つにして福音の信仰のために、ともに奮闘しており…」(ピリピ1:27c)

 福音が広がり実を結ぶために、「心を一つに」して共に仕えましょう。

 いち教会だけでできることは限られています。

 ある時は、日本の教会が、世界の教会が心を一つにして福音のために協力することが大切です。

 物理的には限界がありますが、何よりも祈りにおいて協力することができます。

 今月は TORCH(夏の陣)、ラブ・ソナタ静岡があります。

 日本の教会が一致して福音宣教のため仕えることができますように祈りましょう。

 また私たちも霊的に強められ、福音に仕えるための聖霊の力が注がれますように。


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 「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。

 それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」(ローマ6章14節)

 今月は受難週、イースター(復活節)を迎えます。キリストの十字架の死と復活を、私たちも体験しましょう。  

 私たちの古い肉は、キリストとともに十字架で葬られました。

 たえず 肉の残骸がうごめきますが、死んだものと認め続けましょう。  

 もう、キリストにつぎ合わされたのですから(5節)、死者の中からよみがえられたキリストの新しいいのちで生きましょう。

 古いものは過ぎ去りました。  

 新しい人は、神の国で生きます。

 この地上においても、神の国のやり方で生活します。神のことばによって歩みます。

 御霊が私たちをそのように導き続けてくださいます。

 キリストにつぎ合わされた者として、キリストの死と復活を日々体験しましょう。


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 「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです」(ヨハネの福音書15:8)

 私たちが実を結ぶのは、ぶどうの木であるキリストにつながることによります。

 枝だけでは実を結ばないように、木であるキリストにしっかり繋がっていなければ、実を結ぶことはできません(ヨハネの福音書15:4〜5)。

ここは 実を結んだらキリストの弟子になれるという意味ではありません。

 キリストにしっかり繋がって キリストの樹液(恵み)を受け続けるなら、その人はキリストの弟子であり、キリストが実を結ばせてくださいます。

 そして、キリストの弟子は どんな弟子であっても(人間的な良し悪しには関係なく)、神の栄光を現す存在です。

 ですからキリストに留まりましょう。キリストの恵みを受け続けましょう。キリストが、弟子である私たちにご自身の実を結ばせてくださいます。

 それはすべて父なる神の栄光となるのです!


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 「こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った」(使徒の働き19:20)

 「福音の広がり、実を結ぶ教会」というテーマが今年教会に与えられました。

 初代教会の時代にも、「主のことばが広がる」ことで教会は「ますます力強く」なっています。

 福音は一箇所に、また特定の人だけにとどまっているものではなく、広がっていくものです。

 そして広がるほどに、私たちも教会も強められるのです。

 教会には常に様々な課題があり、私たち一人ひとりも弱さを抱えながら歩んでいますが、その中でも福音が広がることを祈り求めましょう。

 それによって強められましょう。

 自分のことや周辺のことに心がとらわれて内向きになりがちですが、神様が見ておられる世界に目を向け、また福音が届いていない人々のために祈り仕えましょう。



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 「この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです」 (コロサイ1:6)

 新年おめでとうございます。

 この1年も 人々に救いをもたらす福音が全世界に広がり続けますようにと祈ります。

 神の恵みを聞いて、本当に理解し受け取られていくときに、福音は実を結び広がっていきます。 福

 音はひと所にとどるものではなく、たえず実を結んで広がっていくものです。

 今年福音がさらに広がり、また実を結んでいく一年となりますように祈りましょう。

 以下2019年の教会のテーマとみことばです。


  2019年のテーマ

  「福音の広がり、実を結ぶ教会」(コロサイ1:6)

  目標:

  @福音の豊かさを味わおう

  A福音が広がることを喜ぼう

  B福音の実を結ぶ教会となるように祈ろう 以上です。



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